武庫川ほどは大きくもない、そこらの用水路ほどは小さくもない川で、水に沈む飛び石のようなものに足を置いた。その石を蹴るようにして飛んで、次の石へ移った。その日は冬で、足を踏み外して川に落ちる心配をギリギリしてしまうような距離にその石はあった。石はいくつも川に埋まっていた。空は雲がないようないい天気だったと思う。
踏んで蹴って飛んで、いくつかの石を飛び移る。 だけど、ただ単に飛び移ることができない。川落ちたら濡れるじゃん、とか。あっ飛んだ、着地した、着地した瞬間いつか昔にどこかで飛んで着地した時の事を思い出す。あれ?それはどこだっけ?
そこから着地とも川とも冬とも関係ないことまで連鎖のように、次々と浮かぶ記憶を渡り歩いていく。その中でしか再び出会えない記憶がある。そしてすぐに次の石へジャンプする。それでもうその記憶とは次にいつ出会えるかわからない。
体は今、今日この場所の川の上の石に着地したけど、例えば意識は昔にジャンプしたある日の庭に着地したあの時の記憶だし、それと同時にまた未来から今ここの川を思い出す感覚があった。
これを何度も繰り返すうちに、この川への同行者の記憶が薄れていくようだった。実際、今、その冬の日に、誰とどういった理由で川へ行ったかはっきりと思い出せない。だけど、いつかどこかで着地した拍子に思い出すのかもしれない。
こうやって溜まっていく記憶は飛び飛びに連鎖して、何度も行き交って、私はずっとその中にいたい。あ、石も投げた。水の上を跳ねた。